氷室の句会紹介(1) ある日の大江戸句会
東京上野の会場で集まっています。遠くは富山や大阪からも参加があります。メンバーが10名前後集まって句会を不定期に開催しています。顔ぶれはさまざまで、ときどき今回初めて俳句という方もいて次第に増えました。
最寄り駅は御徒町です。宝石の町ですから駅前でたまに宝石の展示即売会があり1時間くらい目の保養ができます。周辺には上野公園もあり、美味しい蕎麦屋も寿司屋も中国料理店もあります。たまに懇親会があると体重が増えます。
ある日の句会の記録から実際の句会の様子を思い浮かべてみてください。この時は初句会でお昼を皆でいただいた後に開催されました。
元句●水仙や香り広がる玄関に
か:どなたも取らなかった句ですが、題材がいい。単語の順を変えたら?
あ:玄関を開けたら、ふっといい匂いが漂ってきて、それが水仙でした。
か:だから、その順に。<玄関を開ければ水仙の香り>
あ:なんだ、そのまま。
か:大体、説明を聞くとそちらの方が俳句になってる。考えすぎて変になるのです。最後に種明かしを持ってくる。でもこの場合、季語は動く、冬の薔薇でもなんでも。
あ:でも水仙の香り。
か:水仙を特定の水仙にして、<玄関に香り広がる黄水仙>
あ:それがいい。
皆:黄水仙がいい。
玄関に香り広がる黄水仙
元句●新春やめでたき日でも傷をおう
さ:今年の元旦はほんとにびっくりしたから、この句をいただきました。
え:私もこれを。ほんとに震災に遭った方がたいへんです。心が痛んで。
か:めでたき日でもという理屈を言わなくてもいい。傷をおうでは何のことかわからないかも。
え:私もとったけど、どういえばよいかなあ。
か:事実をまずはっきりさせて「元旦や」と始めたら。全部ありのままをまず並べてみたら。<元旦や能登の地震は十六時> これなら数年たっても皆が覚えている。大震災となったこともわかっている。記録としての俳句になる。
め:私の句ですが、なんだ、そのまま。
か:まあ、そのままを詠むと、だいたいわかってもらえる。そこから推敲が始まる。
め:そのままでいい。
皆:なるほど。メモ。
元旦や能登の地震は十六時
元句●お持たせの手つくりもなか和やかに
あ:このお菓子が美味しいのでいただきました。
か:季語は。
あ:え、もなか。
か:そんな季語あるかな。
よ:鯛焼ならある。
か:だったら鯛焼にして。
あ:でもパリパリもなかだから。
か:俳句は上手に嘘を言って仕上げる。<お持たせの鯛焼のある句会かな>。どなたが作者ですか。
え:私、私がもってきた自慢の最中。
か:それは、お持たせと言わない。お持たせですが一緒にいかがと、もらった方が言う。しかし、上手に嘘を言えばいいかも。
え;嘘にしておきます
皆:(笑)
お持たせの鯛焼のある句会かな
元句●着ぶくれてテレビ体操しとやかに
か:だれも取らなかったけど、テレビ体操で、しとやかにという意味がわからない。
よ:着ぶくれているので手足が動かないからちょっとだけうごかしている様子。
か:それはしとやかではなくて、単にさぼっているのでしょう。やはり体操は元気にやりましょう。嘘でもいいから、<着ぶくれてテレビ体操一二三>。
よ:あ、元気そうです。それにします。
皆:よかった。
着ぶくれてテレビ体操一二三
元句●笑みこぼれ窓越し際の日向ぼこ
え:なんだか暖かそうでいいと思いました。
か:窓越しとか窓際とか言うけど、窓越し際とは言わない。
さ:そうですね。出窓の隅に猫がいて日向ぼこを。
か:生活の季語は普通人間のことをいうので、猫が日向ぼこ、とは詠まない。
さ:でも気持ちよさそうに見えた。
か:それでもいいから、自分が日向ぼこをしていないとだめでしょう。<窓越しに猫と一緒の日向ぼこ>
さ:また嘘になった。
皆:(笑)
窓越しに猫と一緒の日向ぼこ
元句●なかなかに溶けぬ心の雪結晶
さ:いやな経験をしたことがあるから共鳴してとりました。
ひ:なかなか溶けないというのがたいへん。
か:雪結晶というのが読みにくいので、細雪とか雪催ひとかにしたら。
め:でも雪結晶で溶けないものを持って来たい。
か:とりあえず切りましょう。なかなかに溶けぬ心やと。それから季語を考える。
め:溶けない雪結晶。
か:こだわらずに。氷柱落つというのは。
め:はあ。
か:氷柱が軒から落ちて下の積雪に刺さる。しばらくはそのまま立っているが、やがては必ず溶ける。その意味で、氷柱落つ。<なかなかに溶けぬ心や氷柱落つ>
め:やったあ。それがいい。
皆:なるほど、メモメモ。
なかなかに溶けぬ心や氷柱落つ
元句●床の中父の遺籍あたたむる
か:開ない句ですが、作者は何を言いたいの? 季語は?
ひ:父の持っていた本だから遺籍。あたたむるが季語。
か:そんな言葉や季語はないでしょう。
ひ:影響を受けた本なので繰り返し読んでる。
か:床の中もわかりにくいので、<炬燵にて父の残せし本を読む>では。
ひ:でも布団の中で読みたい。
か:だったら布団が季語だから、<布団の中にまた持ち込んで父の本>
ひ:その通りです。
か:だからその通りに。
皆:わかる。
布団の中にまた持ち込んで父の本
元句●有一の「貧」の字踊る冬日かな
か:これは私がいただきました。何が言いたいかはわかる。有一は井上有一という書家で、知る人ぞ知る。貧という字が踊っているのもわかる。展覧会でも見たのでしょうか。
よ:『太陽』の特集にある貧のいろいろの書が並んでいるのを詠みたかった。何とか句に仕上げたい。貧とは単に貧乏のことではないということが言いたい。
か;「貧」の字に書体さまざまとして、季語を考えましょう。
よ:冬日。
か:冬日というのは日本語の特徴で、日という字が太陽の日射しの意味もあり、一日のことにも使う。この場合、どちらかわからない。
よ:でも冬の一日。
か:だったら、<貧の字の書体さまざま春近し> つまりいろいろの書体がいろいろの思いを載せているけれど貧は貧で、しかしもうすぐ春が来て、貧から脱却する。
よ:それにします。
皆:メモメモ
貧の字の書体さまざま春近し
この日、これらの他にも、たくさんの名句が生まれました。
尾池和夫 記