瓢鮎抄

『氷室』 2024年10月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一九〇)

秋の庭出入り自由よまた入る
一輪車裏向けにあり盆の家
棚経の太く短く有り難く
對潮楼より潮目読む秋の空
野分雲去るに気温の高きまま
朝顔や朝日いまだに雲を出ず
月昇るころの明るさ月見草
秋の日の花綵列島静かなり

幹の蔦剝ぎとられたり秋の空
秋の蚊とたたかひ妻の来るを待つ
猫跨ぎの由来諸説や秋刀魚喰ふ
法師蟬鳴きつぐ水の音かすか
熔岩流のポットホールへ秋の水
がうがうと禊所の秋の水
羽繕ふ湧玉池の二羽の鴨
雄の鴨デコイのごとく岩の上
稲刈のはやばや進む富士根駅
源道寺駅を過ぐれば藁ぼつち


『氷室』 2024年9月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八九)

梅雨明くや雑草図鑑食卓に
甘酒の二杯分なり登り坂
恐竜の食べ残しかや夏の歯朶
フェーン現象帯広三十九度なり
外に出れば息のむほどの溽暑かな
草刈の今日ここまでと帰りたる
良き日なりラムネの泡の噴き具合
ビー玉を取り出して見るラムネかな

無農薬バナナ囓るも詠みがたき
二羽の鳥行きつ戻りつ滝の上
夏の川なり吊橋はみな怖き
三回に分けて登るよ坂の夏
木に寄れば蜩のこゑなほ烈し
睡蓮のきほふは二つけさ三つ
足高蜘蛛いつもの壁に午前二時
宵山の土曜日なれど句座にあり
粽売の横に扇子の忙しなく
占出山特製菓子の鮎二つ


『氷室』 2024年8月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八八)

陸奥さすが一面の青田風
「雑草園」あちこちの蕗穴だらけ
勝手口出れば井戸や青山椒
靴脱に続く飛び石苔の花
飛石の歩幅に好み木下闇
草取りの声移つりゆく垣の外
雑草より虻飛び出して飛び逃げて
陶淵明の菊の句碑あり夏の庭

石榴の花仰ぎ昔の話など
如何せん甘野老の名すぐ出でず
藤棚にあらず通草の蔓茂る
歯朶を誉め夏草を誉め戻りけり
アスパラの一本焼に山の塩
合味噌載せ姫竹の焼加減
北上牛美味し先祖は和賀の出と
台付の小さき茅の輪よ犬のため
陸奥に茅の輪をくぐり日暮けり
雪渓を遠目に旅の終りとす


『氷室』 2024年7月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八七)

新緑の中なる駅の大津京
優先席ありがたきかな若葉冷
鉄砲店の大正硝子夏木立
弥生人の田植かくやと登呂遺跡
白き鳥ゐる田ゐぬ田の青田風
田螺這ふ跡の太さを測りもし
吊橋を行きつ戻りつ葛の花
枇杷の実のはみ出してゐる時計店

終着駅跡のホームに鉄道草
タクシー待つひとときの空百日紅
迎へ待つ束の間なるも雷の数
名誉教授自作と新馬鈴薯持参
池一面の空の支へる未草
合鴨を真似て走る子夏の草
赤松のぬれぬれとして梅雨晴間
梅雨半ば晴れし朝に傘忘れず
梅雨晴や常は気づかぬ山の襞
「殺して」と妻の悃願闇夜の蚊


『氷室』 2024年6月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八六)

新緑の駿府城址や日和雨
ウイスキー樽へ天窓よりの初夏
樹齢知らず葉桜の気を浴ぶるとき
弘法水汲むに宙より青時雨
山吹の花は単にかぎるとふ
変はりゆく街一隅の茄子の花
馬鈴薯の花に品種の違ひ知る
水盤の宇宙に天地人の立つ

そこもここも十勝平野は麦を刈る
魂香花逢魔がときの宇陀郡
土手往くに茅花揺るるを逆うて
黒鯛釣る小蟹探しの御前崎
抜け道は旧東海道よ醉芙蓉
食前酒代り西瓜のジュースかな
父の日や機嫌伺う父同士
火襷の備前の器ほととぎす
梅雨さなかブラスバンドの音はずれ
一斉に消ゆる間合の蛍かな


『氷室』 2024年5月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八五)

休明けて研究室の新茶の香
潤井川ゆるりと落花しきりなる
うなぎ亭支度中なり桜散る
烏賊釣や烏賊きうきうと鳴いてをる
青鷺の疏水の朝を定位置に
無農薬バナナ囓るもまだ未熟
笹粽十三人分と子の並ぶ
老鶯のこゑ消す天竜川の急

青嵐近江より見る比叡山
東京に着きまつさきの初鰹
蔦若葉欄干大正十四年
内堀へ樹冠を越ゆる夏の蝶
山地牧場牛の好まぬ薊刈る
雨やむと野いばら見るに廻り道
城跡とて高さ名ばかり靫草
沖遥かなる夕焼のエピローグ
巣の縁ぞ等間隔に燕の子
藤棚のあると知らせる熊ん蜂


『氷室』 2024年4月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八四)

蕗の薹長けてわが家の庭の隅
大井川源流を越え鳥帰る
麦青む遠きは比良の白き嶺
水温む地底が動く何かゐる
売切ごめん残り一つの草の餅
ただ一人の小学生に島の春
大空襲七十八年前や春
袴着が吾を呼ぶ声の卒業期

瞬発力しかと確かめ春の朝
あのときも今日もこの庭ミモザ咲く
かすみ目を鳥が横切る日永かな
巨鼇山清見寺より春の海
山内を鉄路が通る牡丹の芽
いくたびも下馬の桜へ鳶の笛
主のごと棚田それぞれ里桜
城山を占拠するごと竹の秋
行く春や富士全容のゆるぎなく
躑躅咲く帰りの道は上り坂


『氷室』 2024年3月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八三)

上等の切株を得て日向ぼこ
注連飾して単身の門を閉づ
黙禱を捧ぐ初空闇となり
餅花の軒端にまぎれなき花街
香煙の後ろ姿や初大師
松の内と能楽堂のとちり席
黙禱す一月十七日未明
大寒の子午線やいま午前四時

寝そびれしまま大寒の朝となり
大寒の夜や木星の南中す
小型機「SLIM」着陸なりし寒の月
特上のロースたつぷり猪の鍋
骨折の見舞に潤目鰯かな
年内立春なれば一筆西安へ
まもなくときみの帰宅に湯気立てて
「鬼の研究」読了したり春隣
節分や今日あれこれと先づ記し
薄氷の杭より放射状となり


『氷室』 2024年2月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八二)

角打ちに熱燗のある角の店
練炭の火のあかあかと猪の鍋
皮甘きことが自慢よ焼藷屋
単身に大きすぎたるおでん鍋
青年の目力並ぶマスクかな
冬の日や富士に笠雲吊し雲
掛川駅ホーム遠州空つ風
初富士の笠雲しかと遠目効き

国境などなき星空や初昔
車海老艶煮ことさらお元日
近江牛しぐれ煮となし二日かな
金柑の甘露煮甘き猪日かな
雪雲は富士の背後へ三が日
四日なれば子持昆布の減らずなり
紅白のなますのなじむ五日なり
田作りを名残肴となす六日
怠けぐせ直す髭剃り七日かな
初春の月や八坂の塔の影


『氷室』 2024年1月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八一)

小学校昼休なり銀杏散る
不揃ひの穭吹かるる登呂遺跡
冬の星流れ約束流れたり
冬の日や四足御門の跡の草
内堀を左周りに散る柳
一段と分厚き雪の関ヶ原
百合鷗飛び立つ空へ鳶の笛
アリストロほら何とかと室の花

冬の夜やチャイコフスキー第五番
京大オーケストラの余韻や冬北斗
クリスマス果てて帰宅のサンタ役
クリスマスイヴの靴下洗濯す
大晦日なれば昼餉の男飯
歳晩の湯をつぎ足して仕舞風呂
バー鞍馬へおけら詣の途中なり
騫くることなく冬の日のまた曻る
年明くも普段づかひの薄茶椀
朱鷺色の光に富士の初景色