瓢鮎抄

2021年7月号

瓢鮎抄(一五一)  尾池和夫

我独りスーツ姿や若葉風
果てしなく増ゆる名刺や桜の実
しばらくは朝型仕事更衣
裏表なきが取柄よ青瓢
実桜や看板「花見舟」のまま
禊場やひとつばたごの花のもと
林冠の波打つてゐる青嵐
蒟蒻の花このところ気のゆるみ

大首絵ぬつと出るごと浴衣着て
美人画の目はみな細し甜瓜
手拭の遊びにあきず夕涼み
宇宙人に呼びかけゐるか青葉木菟
喰違見附曲がれば木下闇
鱧鮨を喰うて祭のなき街へ
緑蔭の茶席の菓子は「今年竹」
パリよりの消印時の記念日ぞ
じいさんの山高帽をパリ祭に
緑蔭や百年前のパリの地図

2021年6月号

瓢鮎抄(一五〇)  尾池和夫

湯川記念館改装中や桜の実
デフォルメの地図に迷うて桜の実
葉桜や舟の朽ちたる高瀬川
単線の隧道狭し若葉風
駅出づる同行二人椎若葉
鰹の絵多き駅舎や若葉風
はちきんといごつさう揃ひ初鰹
初鰹こぢやんとうまい土佐に来て

緑蔭や楽屋口より大道具
万緑や定点カメラ隠れ気味
大陸の風容赦なし吹流し
道草の茅花流しの踏みどころ
茅花流しグエン王朝遺跡群
たかんなの野仏を越え竹となる
孫五人男四人よ柏餅
花丸の印の小さき鯉のぼり
ロビーにて人寄るところ武者飾
母の日や母の記憶に大地震

2021年5月号

瓢鮎抄(一四九)  尾池和夫

春暁や養老断層ますぐなり
京出でて東へ来れど霾晦
霾るや富士の山頂けふもなほ
辞令交付あまたや四月始まりぬ
出勤を早め花見の回り道
この里のこれが宝ぞ江戸彼岸
後先は僥倖恃み花見とす
大津絵の傘さす人よ桜まじ

夜桜に立ち止まらずよマスクして
弁当をせめてと庭の花見かな
花屑をくちばしに載せ雄の鴨
花筏かき分け止まり二羽の鴨
花筏白川さらに白くして
御仏の截金鎮め春の昼
竹落葉ひらりひらりと砂の庭
春風に負けてはならじ竹箒
持念仏は薬師如来よ春の塵
週末を蟄居屏息めく四月

2021年4月号

瓢鮎抄(一四八)  尾池和夫

万葉に詠まれし島や春の風
砂引草に浅黄斑蝶の寄る岬
観音崎黒曜石の崖の春
囀や突風ふいに向きを変へ
絶妙な苦味ありけり蕗の薹
犬が人散歩させをり春の朝
ものの芽や鐘の時刻の墓参り
春光やリズム狂はぬ竹箒

山内容堂公の酒杯よ朧月
追手門の春や役所は昼休
石樋の突き出す先へ春の草
忍び返し忍びに易し木の芽風
葦の角昔はここに沈下橋
春光や洛中洛外高みより
五重塔の梯子直立風光る
狛犬を据ゑ閉鎖とや弥生尽
垣根なきキャンパスにあり山桜
学長室こたびの春は富士を見て

2021年3月号

瓢鮎抄(一四七)  尾池和夫

池浚へ底に柱状節理出づ
初霜や流れくつきり池の底
枯池の底離れざる黄鶺鴒
この穴は井戸かと覗き冬の空
茶の花のほつりほつりと枳殻邸
乱杭の取替へすすむ冬の池
マスクしてマスクはづしてマスクして
ビルの尽き国道横の九条葱

髪塚のかたはら石蕗の花枯れず
白菜の芯までほろほろ鳥の嘴
大寒の夜や湯疲れの不整脈
キャンパスに人影まばら二月尽
留学生招きハラルの雛祭
啓蟄や赤字地下鉄けふ三度
馬術部の馬の近寄る野蒜かな
若草の籠にせまり来馬の顔
優勝の馬の厩舎ぞ雀の子
濃紺の袴姿の卒業す

2021年2月

瓢鮎抄(一四六)  尾池和夫

岡持ちの路地裏を出る十二月
根回しの書類仕上がり温め酒
牡蛎飯の飯見えざると釜覗く
大鋸屑にくるまれて着く車海老
冬もみぢ火難のがれし釈迦如来
背鰭のみ見えて乱れし冬の池
枯蔓をたどり正体判明す
蠟梅の香りの昼や鳶の笛

麦青む遠くは白き比良の峰
田のかたち畝にかたちに雪の原
雪雲やここから先が関ヶ原
くづけるとふ大崩なす冬の海
一面を氷柱としたり砂防ダム
初富士や「ちきゅう」母港の清水港
枯芝に晴着集まる三日かな
駿河湾波の見えざる四日かな
愛鷹山の高さ計算して五日
双腕重機威力たしかに出初式

2021年1月

瓢鮎抄(一四五)  尾池和夫

トラクターの跡追うてをる真雁かな
文楽のごとく棚田の小白鳥
空襲の疵ある銀杏散りにけり
品川の流民叢塚残る菊
冬ざれや岐阜羽島駅通過待ち
東寺のみ日矢のあるなり時雨雲
大雪や夕餉のための野菜買ひ
十三重塔をよるべの冬の鳥

冬の日や波状砂目の影の濃し
願はくは益者三楽年新た
参詣は川くだりより冬の朝
蓬来の長ながしきを奥座敷
夕されば黒豆逸るる祝箸
愉しみは浅酌低唱炬燵なり
いふなれば座食逸飽風邪ごこち
冬の朝散歩の犬の顔なじみ
人面岩洗ひ浄むる冬の潮
荒波の間合よ冬の二日月

2020年12月

瓢鮎抄(一四四)  尾池和夫

黙すれば神々のこゑ神無月
意外なる山より冬の朝日かな
行者橋まなかを通る冬鴉
鎧球の玉の行方や冬の空
白萩のこぼれて土の黒きこと
通院の道や下弦の冬の月
四阿に新聞を読む日向ぼこ
琵琶湖疏水は北へ冬の虹低し

満潮にのりて流れ来る枯葉
銀杏散る遺骨無名の土に散る
ひと晩で冬枯となり大銀杏
落葉搔く遺骨集めし土を踏み
八時十五分の鐘や冬の雲
平和の鐘鳴れば呼応の冬鴉
冬の空見上げ不動や爆心地
落葉焚く煙ゆつくり雲の中
聖樹の裏に門松用意年の暮
戦争のなき世続けよ去年今年

2020年11月

瓢鮎抄(一四三)  尾池和夫
             二〇一九年中国
大草原入口に来て秋の雨
放牧の斜面危うき草もみぢ
大海のごと草原の草の花
放牧の牛坐り込む秋時雨
ホップ咲くそのままの名のビール花
塩水湖へ流れ込む川秋深し
早起きにあらざる鶏や冬に入る
国営のポストは緑冬日さす

冬霧の長安街を二輌バス
蜜柑らしき味を北京の百貨店
暖房の効きすぎたるを何とせう
滑走路まだ穴だらけ冬浅し
空港の周りは枯野また枯野
冬枯れの滑走路にて待機中
五番目と離陸待たされ冬の海
眼下いま黄土の色の冬の海
出入国検査のたびにマスク取り
短日や旅にありしを今さらに

2020年10月

瓢鮎抄(一四二)  尾池和夫

里芋の葉の裏返る残暑かな
結束の光を放ち佞武多かな
朝どりの出荷レタスは午前四時
また台風むくりこくりの鬼来るぞ
湧水へ長き石積み小鳥来る
修善寺はけふも雨なり夜食とす
寝姿は火山の根なり赤蜻蛉
外輪山すつぽりつつむ芒かな

糸杉の間に確かむる星月夜
早々に酔ひなかばなり醉芙蓉
地芝居や押しも押されぬ身のこなし
柿の木のなき家はなし里の秋
唐紙は江戸の絵柄よ温め酒
千年の仏を拝み涼新た
里山をいくへにくぎり彼岸花
少しづつ明の秋色深き嵯峨
秋雨もまた佳きかなと渡月橋
霧深きなかなる雨中嵐山碑

2020年9月

瓢鮎抄(一四一)  尾池和夫
             伊豆半島ジオパーク
秋の夜ごと夜ごと松崎三番叟
町ごとの三番叟ある秋祭
なまこ壁の町の道なり星月夜
宵闇に出で伊豆石の石畳
蒸し米の香る新酒の仕込蔵
川に潮満ちまた曳きて鴨来る
秋の空風待港の下田にも
川へ鯔群なして入る下田港

寝姿はかつての火道秋の山
長九郎山よりの水稲の花
川筋へ鳶高々と鎌はじめ
足もとは碁石が浜や秋曇
波除稲荷神社の獅子に銀杏散る
硅石の山なす岩場鰯雲
蛇糞石の名はとりあへず草の花
七滝へ息をととのへ椎拾ふ
椎の実を拾ひ案内に遅れけり
秋潮の東に単成火山群

2020年8月

瓢鮎抄(一四〇)  尾池和夫

構造線を線路横切り夏木立
記録紙に遠雷を知る夜さりかな
夏草や遺跡を地下にカフェテラス
夕立や蕎麦の玉屋は中休み
梅雨兆す深草柴田屋敷町
木天蓼の白の揺れ見ゆ五月闇
的矢湾も英虞湾もまだ朝曇
黒南風や海抜零メートルの軒

もう十日休業なりと舟人海女
海女の潜る荒磯けふも梅雨滂沱
荒梅雨の雲に多島の数まぎれ
梅雨晴や蛸壺を積む登り窯
雨垂のリズム乱るる三尺寝
白南風や樹冠おしやべりするごとし
片蔭や礎石の規律崩れをり
一夜明け月下美人は膳にあり
空蟬と蟬の離るる午前二時
ひさびさの雨が蹴散らす蟬時雨

2020年7月

瓢鮎抄(一三九)  尾池和夫

エジソンの竹の筍どさと来る
里山の声が青田へひびきけり
木苺や野帳の地図を頼りとし
淀川の源流はどこ朴の花
安曇川の鮎の丸ごと味噌汁に
翡翠の急降下する高さかな
沈む陽に黄金の雲や小判草
夏来る鞄重たき月曜日

梅の木や芒種第三候の朝
生体的胸騒ぎある夏未明
抗体は持ちたきものよ半夏生
吟行のそのほとんどを端居かな
衣紋掛大袈裟にあり夏館
蓮の葉の真ん真ん中や鳥の糞
山荷葉の花透明にして夕立
白鷺に選ばれし田となりにけり
潜在断層この下にあり田水沸く
吉良の首洗ひし井戸や夏の雷

2020年6月

瓢鮎抄(一三八)  尾池和夫

残る鴨二羽二羽一羽二羽一羽
麦青む畦をスーツの出勤す
大粒の雪東京の春の雪
パトカーの時速十キロ養花天
春風やすべては読めぬ千字文
京にてはこの防風の浜育ち
青ぬたの主役の青にまづ箸を
行者大蒜その歯応の記憶あり

雁足はこごみにあらず春の宵
天ぷらのいちばん独活の芽を所望
春の夜や締めはかき揚げ天茶にて
春深し御苑の松に避雷針
エジソンの竹の筍どさと来る
扇状地ふくらんでくる椎若葉
天井川くぐる単線柿の花
扇状地の田ごとの水や夏の雲
初夏のあの峠越えれば手取川
夏の星那由多の時を渡りくる

2020年5月

瓢鮎抄(一三七)  尾池和夫
             高知城一八句
蛇行する川ぬふやうに春の旅
容赦なき春の日射しや土佐なれば
土佐水木このあたり元御城内
山菜を五感の味に春の宵
春光や国宝天守と追手門
自由民権運動の地や松の芯
追手門へ曲り卒業証書去る
お江戸より二百二十里城の春
天守閣かつてと同じ春の風
春暑し歩幅の合はぬ城の段
行く春や苔豊かなる野面積
城垣の隙に蔦の芽はひ出しぬ
石垣の石一つ抜け春の草
宇宙より帰還の桜咲きにけり
春落葉山内容堂屋敷跡
ぞはぞはとものの芽囲む百度石
ベンチ一つづつにひとりの春の昼
桜散る不要不急にあらざれば

2020年4月

 瓢鮎抄(一三六)  尾池和夫

大根の葉を巻き上げて象の鼻
大和川断層越ゆる春の水
枝ぶりの佳き白梅や通過駅
北へ行く春荒もろに湖西線
風強き袖志(そでし)の棚田蕗の薹
まさかこれほどとは知らず春の雪
春がすみ浮き立つ讃岐富士の態(なり)
春寒や日奈久断層目覚めたる

復興を花菜畑より南阿蘇
湧水の流れを追うて芹を摘む
本日のおすすめ一に木の芽和
山椒の芽添へ一品の完成す
思ひのほか闇深々と春の街
予定表なきがごとくに春の風邪
仏心を得て緋袴の卒業す
出羽三山霞み盆地のありどころ
人工雪ここに発祥雪間草
行く春や昭和新山色めきぬ

2020年3月

 瓢鮎抄(一三五)  尾池和夫
            広島一八句
花崗岩むき出しのまま山眠る
江田島や今は蜜柑の島なれば
雪嶺のごとくに遠く冬の雲
河豚の稚魚満ち潮にのり神殿へ
短日や潮の満ち来る蟹の穴
冬晴や鹿呼ぶ笛の甲高く
誘はれて冬の鳥居へ手漕ぎ舟
冬うらら市電の揺らぎ心地よく

平和の軸線沿ひたる冬の鳥の群
平和公園とぎれなく雁の列
鋳物師は香取雅彦冬の鐘
国境無き世界地図ある鐘や冬
冬晴や原爆ドーム百五年
折鶴の再生紙にて冬便り
原爆の子の像にゆれ冬の薔薇
消えまほしと願ふ炎や冬の空
被爆梧桐二世の落葉拾ひけり
にんげんをへいわをかえせと冬の薔薇

2020年2月

 瓢鮎抄(一三四)  尾池和夫

十二月八日や朝の鐘凍る
初雪を払ひ銀座の真珠店
年末やすまんすまんといふ御礼
銀杏落葉散り敷くままに佛光寺
秀吉のわらぢ屋号に鰻雑炊
二次会の果てや祇園に冬の月
辞世の句推敲重ね去年今年
猪鍋や猪を射とめし武勇伝

くゑ鍋のくゑの出自を訊ねけり
大声に蟹の息はく鍋奉行
蟹歩きにて段降りる雪の朝
北山の準平原や深雪晴
酸茎漬天秤押しの鞍馬石
冬日射し土間に積み置く茶蒸し篭
大寒や現金輸送車右折する
節分や風土記残けつ読み解いて
節分の鹿にせんべい買ひにけり
古墳発掘途中の斜面蕗の薹

2020年1月

 瓢鮎抄(一三三)  尾池和夫
            北京一八句
雲間より波立つ冬の日本海
旧友の迎へ枯木の並木道
冬鳥の群に北京の空の色
キャンパスの樹に上弦の冬の月
大学間連携祝ひ冬の月
冷たしと妻は吾が手を確かめて
冬銀河探すぞ暗き街なれば
枯芝に足跡禁止なる掲示

枯蓮にかかる石橋叩きみる
キャンパスの車庫に整備の消防車
おそろひの膝掛並べ自習室
毛布たぐりよせて北京の二度寝かな
いづこより人の湧き出す冬の朝
乾杯を重ね重ねし冬の宴
柳葉散る道のその奥地図を買ふ
吐く息の凍りさうなり引き返す
足下より冷え上りくる散歩かな
赤い太陽冬の霞に沈みけり

2019年12月

 瓢鮎抄(一三二)  尾池和夫

旅立は桜紅葉の小径より
閉ざす門に錺金具や秋の蝶
桂離宮の錺金具や秋日差し
出勤の人迂回させ栗のいが
アジア象肩寄せあひて冬の暮
ラオスの市長再会冬日さす象に
冬の日や普賢菩薩の象に塵
冬蜂の巣らし阿吽の吽の鼻

台杉の枯れいろとして蔦一縷
茶畑の初雪の風横なぐり
宿り木に占領されし冬木かな
散紅葉浮く砥部焼の手水鉢
勾玉を磨く手元や冬うらら
冬の灯や上目つかひの翁面
知るひとのなくて銀座の年の暮
叡山電鉄一輌占めて年忘
氷室より今天上へ往かれしか
天頂にくれなゐ深き冬の星

2019年11月

 瓢鮎抄(一三一)  尾池和夫

三番茶摘む手際よさ秋高し
秋祭まことに長き名の神も
新米の「おまぜ」いかがと山盛に
九十七歳皆地笠編む秋日射し
棚田なき国よりの客豊の秋
川に礼し鰻に礼し夕餉とす
藪枯かつては開拓村の畑
三国山颪にゆらり柿すだれ
脱穀や稲架木つぎつぎ木にもどり
静まりて夜庭に低く二つの目
無花果の地味は畑の味として
幼子の肩に勲章ゐのこづち
高潮へ土嚢積み増し鰡の湾
干拓の残せし池や雁渡る
秋風や龍宮窟の波静か
秋風や犬吠埼の無線塔
表参道こちら側なり醉芙蓉
土佐なれや穭は延び放題の餌

2019年10月

 瓢鮎抄(一三〇)  尾池和夫

反射炉に桜紅葉の照り翳り
狩野川は北へ流るる芒原
硫化鉄の海岸のいろ秋夕日
馬面と呼ばるる岬鰯雲
この山より硝子産み出す初紅葉
風蝕の崖の上なる鰯雲
伊豆石の塀をはみ出し烏瓜
秋雨や六方石の石畳

烏帽子山は浅間神社秋祭
湯筒なる源泉に茹で秋野菜
ぎやうさんの餅まいて秋祭果つ
三島熔岩流のしはしは小鳥来る
伊豆に多き三島神社や銀杏の実
海中のポットホールや秋日和
火砕流跡の地層や秋夕日
この山にマンガン鉱脈初紅葉
秋の山一気に昇るループ橋
伊豆半島は西へ傾き秋夕焼

2019年9月

 瓢鮎抄(一二九)  尾池和夫
        勝山・永平寺吟行一八句
車窓よりはるか湖北の夏の霧
比良山の崩れの目立つ青嵐
越前と付く駅ばかり青田風
近づけば姿を見せず夏の山
福井竜の出迎のあり夏霞
行く先の「恐竜注意」青葉風
白亜紀の地層わが世の夏の蝶
恐竜は竜にあらざり梅雨茸

梅雨空より白山あたり遙拝す
勝山や織機の音も五月晴
青しぐれ集落ごとの流山
山滴る八又の大蛇の川へ風
下位段丘より川底へ鮎を釣る
火事花とおそれこの地のたにうつぎ
麦茶用六条麦や麦の秋
七堂伽藍隠してしまへ虎が雨
梵鐘の低きうねりや梅雨曇
梅雨晴の屋敷や笏谷石の橋

2019年8月

 瓢鮎抄(一二八)  尾池和夫

刈りてすぐ火を放たれし麦畑
足し植ゑの夫は西日に顔を上げ
植田なり卵は森青蛙なり
震災の報告にしてさくらんぼ
津波到達地点ここまで朴の花
海霧ふたたび浄土ヶ浜に松の列
海霧去りて沖へ舳先を立てにけり
夏霧や余震に目覚め海を見る

あくまでも鹿は野生ぞ袋角
学んだり教えられたりして芒種
ユクノキの梅雨に樹冠のととのひぬ
品川や風人工の梅雨晴間
湧窟の竜の口より梅雨出水
老鶯や七堂伽藍跡の苔
棚田まで郵便配達揚羽蝶
歪とは言はず和蘭陀獅子頭
蚊を打ちてより耳澄まし目を凝らし
京野菜抱へ夏越の大祓

2019年7月

 瓢鮎抄(一二七)  尾池和夫
       伊豆大島一八句
項垂るるてるてる坊主春驟雨
とは言へど活火山なり春の島
御神火の島に欠かせぬ藪椿
掛巻くも綾に椿は実を残す
真水なき島や椿に雨荒き
火山島の水瓶満たせ春の雨
椿落つ昼なほ湿る木の根道
かつて火口いま新緑の波浮港

夕陽現れ虹を二重に三原山
スコリアと樹海をつなぎ春の虹
一夜経し伊豆大島は薄暑なり
東蟇の卵なぜ径に
熔岩や飛べぬ斑猫地に落ちて
御神火とふ噴火幾たび草若葉
新緑の樹海は海へ傾れ込む
鶯や割目噴火の跡に木々
天草干す熔岩流の坂に干す
飛魚や島を離るるジェット船

2019年6月

 瓢鮎抄(一二六)  尾池和夫

心臓の騒ぎ激しき涅槃西風
春暁や最高血圧正常に
病窓に離合集散春の雲
行春の雲に大陸移動説
確定申告落ちつきし夜の病室に
花曇り日にち薬を効用に
老鶯よわが心臓もよどみなく
ブラックホール姿見せたる花見どき

星ひとつほしひといふ子ばら芽吹く
フィールズ賞の窓や源平しだれ桃
冷たさのほどよき春の小川かな
海食崖の穴の大小暮れかぬる
春驟雨さなか防災学講義

三上山見通す路やけふ穀雨
分蜂の行方さだめて蜂の消ゆ
学名に「雑草」は無し昭和の日
木苺の花を印に地図の道
苺ひとつショートケーキは昔風

2019年5月

 瓢鮎抄(一二五)  尾池和夫

残雪や酒の字現るる角館
猿山は熔岩ドーム春の風
引汐の磯風強しひじき刈る
うららかや出世稲荷は正一位

降る気なささうに飛び去る春の雲
もどかしき頻脈の目に涅槃西風
病室に春の休暇を賜りぬ
上半身電極だらけ春の雲

マンデリンビターブラック春愁
春の庭芝生養生中につき
ものの芽や風の強まる午後三時
落城ちはこの道なりし麦の秋
標準木その隣なる初桜

着任の挨拶のあり花見客
花冷や夜更の酒座の絵空事
出番待つピエロに花の吹雪けり
ここからがマグマの痕ぞ花の塵
乃木坂の乃木家の墓所や桜蘂

2019年4月

 瓢鮎抄(一二四)  尾池和夫

中之島の薔薇園の冬愛想なし
アネモネや異国の遺る港町
アネモネや宝飾店の黒真珠
主治医確認春節朝の不整脈
深呼吸より全身麻酔春の朝
腹腔鏡手術より覚め春の昼
息切れの上野の森や猫の恋
卒業の祝ひに足りず花の種

内裏雛一部始終を眼差しに
言ひ換への格言あそび春暖炉
麦青む畝の直線つまびらか
押し分けて咲くこのあたり春竜胆
うららかや出世稲荷は正一位
パステルに春の匂ひや二年坂
吉野川登る朝日と春の潮
火焔茸注意の山や春闌くる
今はまだ耕しの地ぞ避難場所
日光の滝壺に置く春の虹

2019年3月

 瓢鮎抄(一二三)  尾池和夫

北国の夜を深くして鱈の鍋
北海道のへそとふ雪の下のこと
とに出でてけふ大寒と声に出て
塔芯の礎石の穴や雪の果
駅ごとに残雪増ゆる登り坂
目礼や祇園の路地の春めきぬ
黒松の菰切り落とし春の雷
梅が香や活断層の上盤に

唐突にやや早口の初音かな
鶯のこゑに始動す午前五時
水温むゴリラの鼻のやすけさよ
風あれば風のかたちに春の砂
霞濃し鬼ヶ島への潮の道
この列車途中打切り春飆
延着の旅の宿借る蜆汁
白魚の目玉数ふる笹の上
がき大将子分残して卒業す
いつまでも母校は母港紅枝垂

2019年2月

 瓢鮎抄(一二二)  尾池和夫

初雪や三角末端面著き
大雪の候と諾ふ帰り道
大雪となればさすがの関ケ原
山河襟帯朱鷺色に明け冬の月
初夢の不満をいうて二度寝せる
熔岩に見立てし菓子の淑気かな
お寒おすと福笹越しの声を受け
四条にて日付の変はる残り福

一茶忌の日だまりを蠅動かざる
旅にても余震情報仏の座
我がための祈りにあらず寒詣
病院へ一番乗りの落葉踏む
土鍋より湯気のますぐや小正月
土佐湾へ沈む下弦の冬の月
雪景色真白と言へぬ土佐国
谷ごとに雲のかけらや冬の朝
土讃線隧道百余冬景色
巨大クレーン雲吊り上げて冬の月

2019年1月

 瓢鮎抄(一二一) 尾池和夫

新藁を吹き飛ばしをり象の鼻
とりあへず桜紅葉の祇園まで
霜始降の候とて着重ねて
初霜を歩く先々消えゆけり
雄雌の数釣り合はずをり鴨の群
熔岩トンネル崩落の池凍りけり
角と角ぶつける牛に隠岐の冬
勝鬨橋は吾と同年年惜しむ
         信貴山、法輪寺
水くくるとはと紅葉の品定め
縁起絵巻一巻よりの冬の旅
第二巻絵巻の童子冬もみぢ
転読の僧の美声と十二月
全経典あつといふ間ぞ冬の寺
紅葉且つ散るや人の世かくのごと
寅の日の虎の尾太し落葉道
信貴山や紅葉散り込む虎の口
法の字の三寺の塔と里の冬
堂冴ゆる飛鳥由来の鴟尾瓦