瓢鮎抄


『氷室』 2024年5月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八五)

休明けて研究室の新茶の香
潤井川ゆるりと落花しきりなる
うなぎ亭支度中なり桜散る
烏賊釣や烏賊きうきうと鳴いてをる
青鷺の疏水の朝を定位置に
無農薬バナナ囓るもまだ未熟
笹粽十三人分と子の並ぶ
老鶯のこゑ消す天竜川の急

青嵐近江より見る比叡山
東京に着きまつさきの初鰹
蔦若葉欄干大正十四年
内堀へ樹冠を越ゆる夏の蝶
山地牧場牛の好まぬ薊刈る
雨やむと野いばら見るに廻り道
城跡とて高さ名ばかり靫草
沖遥かなる夕焼のエピローグ
巣の縁ぞ等間隔に燕の子
藤棚のあると知らせる熊ん蜂


『氷室』 2024年4月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八四)

蕗の薹長けてわが家の庭の隅
大井川源流を越え鳥帰る
麦青む遠きは比良の白き嶺
水温む地底が動く何かゐる
売切ごめん残り一つの草の餅
ただ一人の小学生に島の春
大空襲七十八年前や春
袴着が吾を呼ぶ声の卒業期

瞬発力しかと確かめ春の朝
あのときも今日もこの庭ミモザ咲く
かすみ目を鳥が横切る日永かな
巨鼇山清見寺より春の海
山内を鉄路が通る牡丹の芽
いくたびも下馬の桜へ鳶の笛
主のごと棚田それぞれ里桜
城山を占拠するごと竹の秋
行く春や富士全容のゆるぎなく
躑躅咲く帰りの道は上り坂


『氷室』 2024年3月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八三)

上等の切株を得て日向ぼこ
注連飾して単身の門を閉づ
黙禱を捧ぐ初空闇となり
餅花の軒端にまぎれなき花街
香煙の後ろ姿や初大師
松の内と能楽堂のとちり席
黙禱す一月十七日未明
大寒の子午線やいま午前四時

寝そびれしまま大寒の朝となり
大寒の夜や木星の南中す
小型機「SLIM」着陸なりし寒の月
特上のロースたつぷり猪の鍋
骨折の見舞に潤目鰯かな
年内立春なれば一筆西安へ
まもなくときみの帰宅に湯気立てて
「鬼の研究」読了したり春隣
節分や今日あれこれと先づ記し
薄氷の杭より放射状となり


『氷室』 2024年2月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八二)

角打ちに熱燗のある角の店
練炭の火のあかあかと猪の鍋
皮甘きことが自慢よ焼藷屋
単身に大きすぎたるおでん鍋
青年の目力並ぶマスクかな
冬の日や富士に笠雲吊し雲
掛川駅ホーム遠州空つ風
初富士の笠雲しかと遠目効き

国境などなき星空や初昔
車海老艶煮ことさらお元日
近江牛しぐれ煮となし二日かな
金柑の甘露煮甘き猪日かな
雪雲は富士の背後へ三が日
四日なれば子持昆布の減らずなり
紅白のなますのなじむ五日なり
田作りを名残肴となす六日
怠けぐせ直す髭剃り七日かな
初春の月や八坂の塔の影


『氷室』 2024年1月号 18句   p.2,p.3
瓢鮎抄(一八一)

小学校昼休なり銀杏散る
不揃ひの穭吹かるる登呂遺跡
冬の星流れ約束流れたり
冬の日や四足御門の跡の草
内堀を左周りに散る柳
一段と分厚き雪の関ヶ原
百合鷗飛び立つ空へ鳶の笛
アリストロほら何とかと室の花

冬の夜やチャイコフスキー第五番
京大オーケストラの余韻や冬北斗
クリスマス果てて帰宅のサンタ役
クリスマスイヴの靴下洗濯す
大晦日なれば昼餉の男飯
歳晩の湯をつぎ足して仕舞風呂
バー鞍馬へおけら詣の途中なり
騫くることなく冬の日のまた曻る
年明くも普段づかひの薄茶椀
朱鷺色の光に富士の初景色