氷釈の章



  氷釈の章        尾池和夫選    2024年5月号
                    霞袂集
豆や鰯や追儺とて患者食        尾池葉子
漉き込みし葉の鴇色や春日差      大島幸男
年内立春生みたての卵手に       長野眞久
こころなしか空気の軽き寒の明     原  稔
鉛筆の転がる先の春障子        余米重則
白鳥のごとき氷柱へ雨無情       伊藤武敏

                    氷凌集
春愁の朱書きの多き譜面かな        大口彰子
渡し場の跡形もなし草青む         真下章子
春疾風比叡に向かふ竜の雲         四宮陽一
鯉のひく藁屑にあり薄氷          鴻坂佳子
春立つや双岡に三の岡           重富國宏
待ちきれず子鬼飛び出す鬼やらひ      吉田恭子


  氷釈の章        尾池和夫選    2024年4月号
                    霞袂集
節分の豆や鰯や患者食           尾池葉子
四日はや社の庭の火焚跡          大島幸男
冬深し谺生むほど声出でず         長野眞久
その先に日本海溝初日の出         余米重則
元日の地震よ嬰の盾となり         中嶋文子
冬ぬくし松の間に間に比叡山        古川邑秋

                    氷凌集
大霜や砂金を撒きしごとき屋根       羽鳥正子
幼子の両手づかひのかるたかな       大口彰子
火の国のカルデラ照らす冬の雷       四宮陽一
くきくきと霜の畝ゆく番鳩         鴻坂佳子
喪の家も僧のおとなふ御年頭        酒井富子
雨の日の軒端にこぼれ竜の玉        城島千鶴


  氷釈の章        尾池和夫選    2024年3月号
                    霞袂集
叡山を鬼門に霽れて師走かな        尾池葉子
枯禾の背よりも高き川の径         大島幸男
あれやこれ柚子湯の柚子の悪しき相     長野眞久
北陸の空の重さよ冬至梅          原  稔
鳴く声の風にちぎるる夕千鳥        岡橋啓二
冬帽に肩車され冬帽子           余米重則

                    氷凌集
極月や下手な強がり誰に似し        大口彰子
ビロードの箱より銀器クリスマス      鴻坂佳子
歳晩やかたむけ洗ふ瓶の底         羽鳥正子
どの馬も同じはう向く寒さかな      南田美惠子
荒行の九字切る声や冬の滝         竹中教子
ヒチコック想ひ出したる寒鴉        川上和昭


  氷釈の章        尾池和夫選    2024年2月号
                    霞袂集
足音へ鯔飛ぶ闇に汐の香も       尾池葉子
かしはでの今朝よくひびく神の留守   大島幸男
吹き溜る木の葉はすでに夜の色に    長野眞久
狐火や村史に残る寺の跡        原  稔
手術着の廊下を走る寒夜かな      余米重則
菊月やターフに尖る馬の影       伊藤武敏

                    氷凌集
幼名の墓にたんぽぽ返り花         鴻坂佳子
はちみつの喉越すまでを冬めきぬ      大口彰子
流れゆく落葉いづくへ水路閣        四宮陽一
寄付募る博物館や文化の日         重富國宏
地鳴りかと坐り直しぬ秋の雷        城島千鶴
お火焚や井桁の中に火が奔り        吉田恭子


  氷釈の章        尾池和夫選    2024年1月号
                    霞袂集
一献を献げ二タ夜の月とせむ        尾池葉子
秋さびし刺蛾の殻を吹けばなほ       大島幸男
坩堝炉の硝子のごとき熟柿かな       三和幸一
温め酒つつくは兜煮の目玉         原  稔
晩秋の野は茫々と鳶の笛          岡橋啓二
鰯雲とび職ひよいと棟跨ぎ         余米重則

                    氷凌集
秋麗や駆け上がりきる石の階        大口彰子
改築の仕事最後の障子貼る         川上和昭
禊川の流れそのまま川床仕舞        四宮陽一
いたつきの肩を庇うて柿を捥ぐ      𠮷田多々詩
見るとなく手相見てゐる夜長かな      渋谷啓子
上げ潮の川面ゆらめく夜業の灯       鴻坂佳子